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名古屋高等裁判所 昭和63年(行コ)13号 判決

名古屋市中村区五反城町一丁目五五番地

控訴人

豊國志な

右訴訟代理人弁護士

岩本雅郎

同右

伊藤誠一

名古屋市中村区太閤三丁目四番地一

被控訴人

名古屋中村税務署長

広沢鉄二

右指定代理人

吉江頼隆

同右

三輪富士雄

同右

谷端勉

同右

川原雅治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担する。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和六一年一月二七日付でなした控訴人の昭和五九年分所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分(ただし異議決定により一部取消後のもの)を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。当事者双方の法律上、事実上の主張および証拠関係は、左に付加、訂正するほかは原判決事実欄記載のとおりであるからここにこれを引用する。

一  原判決六枚目表九行目の次へ行を改めて左のとおり加える。

「4 実質課税の原則に基づき本件売却の譲渡所得の帰属の主体を実質的に観察すると、訴外会社が控訴人より騙取した本件土地を自ら換価したものとみるべきであり、譲渡による収益も訴外会社が享受したものであると評価すべきである。

すなわち小川が控訴人から権利証を受け取った段階で、訴外会社は本件土地を事実上自由に処分し得る法律上の支配権限を得て、これを行使して本件売却を自らしたものであるから、右は訴外会社が控訴人の名義を使用して自らその収益を享受したものに他ならない。しかるにこの実質を無視し、譲渡所得の帰属者を誤った課税処分は、納税義務者の認定を誤ったものとして当然無効である。

5 仮に控訴人が本件売却の譲渡所得の帰属主体であるとしても、控訴人は譲渡代金を実質的、終局的に取得していないので、所得税法第六四条一項にいう譲渡代金が回収不能となった場合に該当する。

すなわち控訴人が代金を回収したとするには、小川が本件土地の買主から譲渡代金を受領しただけでは足りないのであって、少くとも一旦は代金が小川より控訴人に現実に交付されることが必要であると解されるところ、小川は控訴人に売却代金を交付せずに訴外会社へ入金し、控訴人が受領したのは無価値な純金契約証券であったから、売却代金は回収不能となったものである。

6 小川は詐欺の故意と、横領の故意とを併せもっていたから雑損控除の適用をすべきである。

すなわち控訴人が小川に委託した趣旨は、不動産をできるだけ高価に売却し、その売却金を有利な投資に使用することであり、小川は当然控訴人の右の委託の真意を理解していた。しかるに右売却金を純金契約証券に代えることが右の委託の趣旨に反するとの認識を充分に有していた小川は、譲渡代金を控訴人に交付せず、純金契約証券だけを交付したものであるから、譲渡代金については欺罔手段による横領罪と詐欺罪が成立する。

7 所得税法七二条は憲法第一四条に違反する。

すなわち損害賠償債権の発生原因が詐欺、恐喝の場合と、窃盗、横領の場合とによる控訴規定の不適用、適用の差異の合理的理由を見出し難いからである。また、雑損控除事由について類推ないし拡張解釈を認めない法の適用をなした被控訴人の本件処分も憲法第一四条に違反し、無効である。」

二  原判決一〇枚目表八行目「4」を「(三)」と訂正する。

三  原判決一〇枚目裏六行目の次に行を改めて左のとおり加える。

「4 控訴人は原審において譲渡所得が控訴人に帰属することを認めていたのに控訴人の反論4においてその帰属主体が訴外会社であると改めて主張することは、自白の撤回にあたり異議がある。

なお、実質所得者課税の原則に照らしても、本件土地の譲渡所得は控訴人に帰属するものであって、訴外会社に帰属するものではない。

5 控訴人の反論5については、小川が買主である相羽から現実に売買代金全額を受け取ったものであるから、控訴人が本件土地の譲渡代金を回収したこととなることは明白で、所得税法第六四条一項には該当しない。

6 控訴人の反論6については、小川の行為を横領罪として問議する余地はない。

7 控訴人の反論7については、所得税法第七二条が、納税者の意思に基づかない横領による損失と、その意思に基づく詐欺、恐喝による損失とを区別している合理的理由は充分存在するものであるから、同条が憲法第一四条に違反することはない。」

四  原判決一一枚目表六行目冒頭の「4」を削り、同じ行に「同4項」とあるのを「(三) 同3項(三)」と訂正する。

五  原判決一一枚目表八行目の次に行を改めて

「4 被控訴人の再反論4は争う。なお自白の対象となるのは具体的事実のみであって、譲渡所得の帰属の主体の評価に関する陳述は自白といえず、自白の撤回の問題は生じない。

5 被控訴人の再反論5は争う。

6 被控訴人の再反論6は争う。

7 被控訴人の再反論7は争う。」

と加える。

理由

当裁判所も控訴人の本件処分取消請求は理由がなく、棄却すべきものと判断する。その理由は左に付加訂正するほか原判決理由中の認定、説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  原判決一五枚目表八行目「これも」とあるのを「これらの土地を売却させてその代金を」と改める。

二  原判決一九枚目表九行目の次に行を改めて左のとおり加える。

「4 次に控訴人の前記五控訴人の反論4、5、6、7の主張について判断する。

(一)  実質所得者課説の原則によれば、本件売却による譲渡所得は訴外会社に帰属する(控訴人の反論4)旨の主張については、実質課税の原則を条文上明らかにした所得税法第一二条の「資産から生ずる収益を享受する者」とは、二2(四)(五)(引用の原判決理由)で認定した事実関係のもとにおいては、本件売却を小川に委託し、その売却代金をもって新たな純金契約の代金に充てることを併せて委託した控訴人自身とみるべきであり、控訴人が本件土地の権利証を小川に交付したのも、控訴人の小川に対する右委託の趣旨を実現するために控訴人自らの意思に基づいて任意に交付したものと認められるものであるから、訴外会社に対し右委託の趣旨をはなれて所有者と同じように自由に本件土地を処分し得るような権限を与えたものとは到底認め難く、右主張は理由がない。

なお控訴人のこの主張は、本件においては、単に税法の解釈として資産の収益享受者を訴外会社であると実質的に認めるべきであるとの評価を加えるものにすぎないから、自白の撤回にはあたらないと言うべきである。

(二)  譲渡代金が回収不能である(控訴人の反論5)旨の主張については、二2(五)で認定したとおり、本件売却の代金五五〇円全額を買主である相羽は、控訴人から本件売却の委託を受けた代理人たる小川に対し現実に直接交付し、その後小川において控訴人の委託の趣旨に即してその大部分は別個に締結された純金契約の代金に充てられ、剰余の九万三二九〇円は控訴人に対し返金されたのであるから、所得税法六四条一項の回収不能に該当しないことは明らかであって、右主張も理由がない。

(三)  譲渡代金を有利な投資に使用するとの控訴人の委託の趣旨に反した小川の行為は横領罪にあたる(控訴人の反論6)旨の主張については、二2(四)(五)で認定したとおり、控訴人において、従前小川との間で締結したことのある純金契約と同一の新規の純金契約の代金に充てて投資をする意思を有し、このことを小川に委託したものと認められるから、小川の行為は控訴人の委託の趣旨を実行したものに他ならず、控訴人の委託の趣旨に背いたものではないから小川の所為は横領罪に該当するものではなく、右主張も理由がない。

(四)  所得税法第七二条は憲法第一四条に違反する(控訴人の反論7)旨等の控訴人の主張について考えるに、納税者の意思に基づかない災害、盗難、横領による損失と瑕疵はあっても納税者の意思に基づくといい得る詐欺、恐喝による損失とを税法の雑損控除の適用上区別することにつき、これがあながち不合理といえないことについては前記二3(引用の原判決理由)で説示したとおりであって、もとより控訴人主張のような右第七二条の違憲の問題は生ぜず、また、同条の適用違憲の主張についても、課税行政の明確性公平性の観点からみて、同条の控除事由は限定的に解釈されるべきであり、これの類推ないし拡張解釈によって右の明確性、公平性が損われる弊害を考慮するとき、同条の類推ないし拡張解釈を認めない法の適用をなした本件処分を違憲なものということはできず、結局控訴人の右主張は理由がない。」

三  原判決一九丁表二、三行目の「(もっとも」から、同五行目の「解される。)」までを削除する。

以上の次第で、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって本件控訴を棄却することとし、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九五条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老塚和衛 裁判官 水野祐一 裁判官 高橋爽一郎)

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